置き土產

今、この針と絲と手を使つて、一所懸命自前のティッシュ――すなはちハンカチを縫つてゐるのだが、私が使つて終りだよなといふ儚さ、虛しさを感じる。

子供のゐる事の充實感といふのは、ここで發揮されるのであらう。實際に子供が生殘れるかはともかく、生殘る方法は殘しておけるのであるから。謂はば書殘すとは、誰かが私の文章を通して、私の子供になつてくれる事の期待である。